
「旧五輪教会のスケッチ会(久賀島)」(C)山本二三
もくじ
五島列島とは

五島列島は長崎の西方100Kmに浮かぶ大小約150の島々です。全島が長崎県に属し、自然海浜や海蝕崖、火山景観など複雑で変化に富んだ地形で、ほぼ全域が西海国立公園に指定されるなど、豊かな自然景観を有しています。島々には多くのカトリック教会が点在し、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として2018年に世界遺産登録されました。

山本二三は1953年、五島列島の福江島(五島市)で生まれました。子どもの頃から絵が得意で将来は絵の仕事ができたらいいなと思っていました。ある日、小学校の体育館で『わんぱく王子の大蛇退治』というアニメ映画を見て「こんな綺麗な世界があるのか」と衝撃を受けます。(その作品の助監督は後に『火垂るの墓』でご一緒する高畑 勲監督でした)
中学卒業後、単身で五島を離れ、岐阜県の工業高校で建築を学びます。
実家の前でトラクターに乗る父と母、叔母。農家だった。


15歳。右から学生寮の寮監、姉、山本二三、父。
16歳。高校の学生寮の前で。

その後、東京へ出て専門学校に通いながら、アニメーション背景画の会社に勤め始めました。
写真は22歳の頃で背景画の仕事に就いて2年目です。『マジンガーZ』の背景を描いていました。
この後、日本アニメーションに入社して宮崎駿監督と出会います。1978年、NHK初のアニメシリーズ『未来少年コナン』は宮崎 駿氏の初演出作品で、24歳の山本二三にとっては初の美術監督と転機になった作品でした。

写真は33歳の頃、宮崎 駿監督の『天空の城ラピュタ』制作時のスタジオジブリです。
厳しいスケジュールの中、自分のパートが終わったのは徹夜明けの誕生日。「さんざん苦しい33歳。」などと冗談を言っていました。
その後も高畑 勲監督の『火垂るの墓』や宮崎 駿監督の『もののけ姫』の美術監督を務めました。全速力で走り続けるような忙しい毎日。参加した様々な作品は分かっているものだけで100を越えます。

そして50代も後半に差し掛かった頃、これまでを振り返ってみました。家族のことや自分のルーツのこと。そして、気づきました。
“自分は故郷のことを何も知らない…。”
子どもの頃は自転車で周れる範囲の五島しか知らなかった。実は農業を継ぐのが嫌で五島を飛び出したのでした。申し訳ない様な、後ろめたい気持ちもあった。
それから、カメラを片手にいろんな所を周りました。雄大な大自然。キリスト教と仏教が共にある文化的背景。古びた、何気ない路地…。
2006年、細田 守監督の『時をかける少女』の美術監督として総務大臣賞を受賞。

山本二三は故郷、五島の魅力を初めて知りました。
そして、2010年に決意しました。
“五島の絵を描こう。”
“40年近く培ってきた背景画の技術を100枚の絵に込めよう。”
“これからの修行として、更に技術を高めていこう。”
今からでも遅くない。絵を描くことで五島のことをもっともっと深く学んでいこう。絵に残して五島の文化や魅力を後世に伝えよう。
これが『五島百景』を描くことになったきっかけです。
『五島百景』の絵をご紹介

「高浜と頓泊(福江島)」(C)山本二三 提供:三井楽水産
真っ白い砂浜とマリンブルーに澄みきった高浜海水浴場。青年の頃、山本二三はここへ泳ぎにきました。帰りがけ、母からもらった大切な腕時計を砂浜に忘れてきたことに気づき、探しに戻ってみると潮が満ちており、元いた場所は海の中。時計は見つかりませんでした。そのことはずっと母に言えないままです。

「鬼 岳(福江島)」(C)山本二三
福江島の人々にとって心の山とも呼べる「鬼岳」。五島列島は火山の噴火でできた島々です。ふもとには温泉も湧いています。山本二三は子どもの頃、学校の遠足でよく登ったそうです。木でそりを作り、よく滑るように蝋を塗り、草原の斜面で遊んだそうです。

「雨の水ノ浦教会(福江島)」(C)山本二三
五島にはにはたくさんの教会があります。隠れキリシタンの時代から、五島とキリスト教はずっと深い関係にありました。山本二三がまだ小さかった頃、クリスマスの朝に目覚めると枕元にキャラメルが1個置いてあり、それがとても嬉かったそうです。当時はまだ今のようにクリスマスプレゼントは一般的ではありませんでした。山本二三の家はクリスチャンではありませんでしたが、五島の歴史から、馴染みのあるものとして、せいいっぱいのプレゼントだったのかもしれません。

中通島にある奈良尾神社のアコウは樹齢650年を超える御神木です。息を止めて下を潜ると長生きできるとされており、取材に行った山本二三も息を止めて潜ったのでした。どこか『天空の城ラピュタ』を思わせる木のうねり。山本二三は木を描くのが好きなのですが、ずっと描いているうちに頭がぐるぐるとしてきて自分が今どのあたりを描いているのか分からなくなる事もあるそうです。

「五島百景」の中には唯一この様な大きな作品もあります。写真は「珪化木の記憶」という絵の制作中の様子です。珪化木は木の化石の事。中央に描かれているのは母子像です。昔、五島が貧しかった頃、マルマン神父と信者たちが貧しさゆえに捨てられる子供たちを育てるための児童養護施設を作りました。それは今でも慈恵院という名前で続いており、その慈恵院にある母子像をモデルに描いています。
約20回の現地取材で山本二三は各島の方々に案内してもらい、雄大な自然や文化的建造物だけでなく、生活の音が響く何気ない路地等、そこに長く住んでいる方だけが知り得る様な場所へも訪れることができました。
そしてついに、約10年をかけて100点を描き上げ、2021年1/4に完成を発表しました!描き上げてみて山本二三の感想は「まさか完成するとは・・」と自分でも驚いていました。
「完成した絵を五島列島の方々に見てもらいたい」山本二三のそんな気持ちから、五島列島を美術館に見立てて7つの島・11の会場に100点を分散展示する「五島百景 五島列島展」が企画されました。離島に住む方々にとって大きな美術館まで行く事は時間も費用も大きな負担となり、老齢の方や子供連れとなると尚更大変です。そこで、絵の方から島々の方々に会いに行こうと考えました。
作品の額装費や輸送費はクラウドファンディング等を通して約400名の方にご支援いただき、2021年4/29から「五島百景 五島列島展」を無事開催することができました。美術館だけでなく様々な島のフェリーターミナルや診療所、ホテル等で展示をし、たくさんの方々に見ていただくことができました。

2021年8/1からは五島百景の100点が一堂に会する「五島百景完成記念 山本二三展 the BEST」が長崎県美術館で開催されました。イベントでは同じく五島列島出身の長濱ねるさんを迎え、五島の魅力を存分にお伝えすることができました。

また、山本二三が美術監督を務めた『時をかける少女』で音楽を担当された吉田 潔氏に「五島百景テーマ曲 〜海凪ぎの庭〜」を書き下ろしていただきました。展示と共にテーマ曲を流し、音楽でも五島の雄大な自然の情景をお伝えするスペシャルなコラボレーションも実現しました。

2022年10/24からは長年住んでいる埼玉県飯能市で「五島百景 飯能展」が開催されました。地元の方々とコラボレーションし、サテライト展示やクリアファイルプレゼントの企画も行われました。本展の費用はクラウドファンディングによるご支援で賄われ、「飛龍ばらもん凧」のグッズ等の新しいリターンも追加され、記念撮影用フォトスポットも制作されました。





これからの「五島百景」〜民話「勘次ヶ城」を漫画化したい〜
現在、山本二三は五島に伝わる民話「勘次ヶ城」を題材に漫画を描いています。「勘次ヶ城」は謎の多い民話です。かつて五島には倭寇という海賊がおり、その砦跡の石積みが県指定史跡として残っています。昔、勘次と河童がそこに石積みの城を築いたというのが民話「勘次ヶ城」なのですが、なぜ勘次と河童が石積みの城を築いたのかはまるで分からないのです。また、現実に史跡として残る石積みと民話のファンタジーが混じっていることも謎を深めます。「なぜ勘次と河童は石積みの城を築いたのか?」山本二三が想像を膨らませた事が物語の始まりです。完成を楽しみに応援していただけたら嬉しいです。

勘次ヶ城「勘次 設定画」(C)山本二三

勘次ヶ城「河童 設定画」(C)山本二三

勘次ヶ城「幽霊船との遭遇」(C)山本二三